本文へスキップ

公的断食施設 五色県民健康村健康道場

電話でお問い合わせはTEL.0799-33-0535

NHKラジオ・こころの時代「もの満ちて、こころ空し」

平成7年9月23日に、NHKラジオの「こころの時代」という番組に出演しました。「もの満ちて、こころ空し」という題でお話しいたしました。放送直後より、全国から電話が殺到し、その反響の大きさに私自身が驚きました。

こころの時代の健康医学である「生かされてる医学」を求めておられる方々の多さに驚くとともに、自信を深めさせてもらいました。



アナウンサー:今日は、まずこういうふうな解説からです。朝食のことを英語では、ブレックファーストと言いますが、ファーストとは断食のことで、前の晩からの断食を破る、ブレークするということで、これが朝食の意味になったということです。

この断食の後のすがすがしい朝食を目指して、絶食を中心にしたファースティングという超低カロリー療法を公的施設で全国でただ一カ所実施している所があります。

兵庫県の淡路島に昭和57年に開設された、県民健康村健康道場です。ここでは、高血圧、糖尿病、高脂血症、高尿酸血症などの成人病をファースティングやライフスタイルの改善などで治療しております。

「こころの時代」今朝は「もの満ちて、こころ空し」のテーマで、健康道場長、医学博士の笹田信五さんに話していただきます。では、NHK神戸放送局の三浦行義アナウンサーです。

三浦:断食療法ではないとおっしゃってますが、食べるのをやめる、その療法をずっと10数年間やられてきたわけですが、断食との違いはどういうところにあるんですか。

笹田:一つには、
完全な医学管理をする、これが断食とは全く違う点です。自分の身体を食べていきますので、大変大きな変化を起こします。

自律神経系、内分泌ホルモン系が非常に活発化して、それがいい効果につながるのですが、それだけに最初にしてはいけない状態とか病気はないかどうかを診断し、それから毎日うまくいってるかどうかのチエツクをきちんとやっていく。

そういう医学管理をしているということがまず、ここでは絶食のことをファースティングと呼んでおりますけども、ファースティングと断食の違いだということです。

それからもう一つ、
何のためにやるのかということ、これが非常に大事です。健康医学をする前は、私は内科医でした。患者さんの中には治療のかいなく死んで逝かれる方も当然あるわけです。

そこまでいくと、患者さんから見ますと、最後は注射や薬も医者や看護婦も役に立たずに死んで行くのです。私たちは何もできないのです。そのようなときは本当につらいですね。

今、がん・心筋梗塞・脳卒中のような三大成人病で亡くなる方が非常に多いのですが、これらはラジオをお聞きの皆さんもご存じのように、食生活であるとか運動とか、ストレスの問題とか、いろいろライフ・スタイルをコントロールさえすればかなりの部分は防げるはずなのです。

特に、突然死するとか過労死するというような場合はほとんど防げるはずのものです。私は循環器内科におりましたから、心筋梗塞で倒れたとか脳出血で倒れたと来られる。その状態になってしまってはできることにも限界があります。

「やはり病気としては手遅れだ、何とかしないといけない」、これが私が健康医学を目指すことになった理由のひとつです。

それから、死の間際になって「はっ」と自分の人生を振り返られたときに、「頑張っては来た、でも頑張っただけでこのまま人生が終わるのか」。

あるいは、「気ばっかり使ってきた、気ばっかり使ってままで終わるのか。私は自分の人生を生きたんだろうか、こんなんだったらもっと自分を生きてみたかった」。こういうことを言われる方が少なくないのです。

そうするとこれは、「
病気も手遅れだけども、人生も手遅れではないか。何とかしないといけない」と思いました。しかし、「その方法とは、何なんだろう」と長い間迷っておりまして、ようやく13年前、健康医学を目指そうということでスタートしました。

さらに、死んで行く人を見ていますと、当然今の病院というのは、死ぬ場所としては適当ではないですから、ホスピスのようなものが是非いる。

だからホスピスを作りたいという気持ちがあったのですが、その時も思いましたのが、
「人間は死んで行くときだけ、本当の自分を生きればいいのか、いやいやそんなことはない、元気なときも当然本当の自分を生きるべきではないか」。 

そういうことを考えますと、元気なときに身体の健康、それから心を見つめるとか人生を立ち止まっていただく、そういう場所とか方法が、健康医学の中身ではないか。

どうしたらいい方法があるのだろうかという中で、一つの方法として絶食療法、ファースティングをやろうということでやり始めたわけです。

三浦:それが一つのきっかけというわけですね。確かに太りぎみの人はダイエットをすると、医学的な検査で、大変な効果があるということが実証されたのですね。

笹田:そうです。

三浦:それが個人では、やるのが難しいということで。そういった一つのきっかけを作ろうというのが、いわゆるこの療法の始まりというふうに理解してよろしいですか。

笹田:ええ。食べ過ぎている方、飲み過ぎている方、タバコを吸っている方、どういうふうにしたらうまくいくか。ファースティングをやってみますと、非常に簡単にできます。

人間のおなかの脂肪10Kgというのは、30日分のエネルギーに相当しますから、皆さんが想像されるのとは逆に、ファースティングしますとほとんどつらくないですね。

最初の半日位は蓄えられている血糖がなくなるものですから、低血糖になり少しつらい人もありますが、それを過ぎますと、ほとんどつらくない。3日、4日目になってきますと、非常に爽やかになる。生きている充実感が戻ってくる。

体重も結果として落ちますし、禁酒・禁煙も簡単に出来ます。だから、お帰りになるときは、すごくハッピーです。私もすごくいいな、本当に健康医学が完成したと喜んでおりました。

しかし、3年ぐらい見ていきますと、
家に帰ってから元に戻る方が非常に多いのです。元に戻ったら意味がないですから、「この原因は何なんだろう」と考えますと、日常生活のなかの問題点です。これを解決しないとどんな方法をしても、解決になっていない。

ファースティングは素晴らしい。でも、「
何で肥満になったのか、何でタバコを吸うのか、何でお酒を飲むのか」。その結果として、肥満や高血圧や高脂血症になって、最終的にはがん・心筋梗塞・脳卒中になる。

「なぜなのかをはっきりさせないといけない。そして、それをどう解決するのかというところで、方法をもう一回再構築しないといけない」ということが、やり始めて大体3年ほどして分かってきました。だから、その後の10年間はその問題の解決の模索だったという感じがします。

よく見てみますと、
ストレスがやはり原因になっております。ストレスがあると、心と身体は一体ですから、自律神経系、内分泌ホルモン系、免疫系の上に爆弾を落としているのと同じです。

イライラしたり、不安になったり、不満になったりして爆弾を落としている。だから、身体の代謝が乱れてくる。

一方では、
ストレスがあると、食べたり飲んだり吸ったりするので、ライフスタイルが乱れる。この両者の結果として肥満になる、高血圧になる、糖尿病になる。

どの病気がでるかは、一人一人の遺伝体質が違いますから、高血圧の遺伝子をもっている人は高血圧になるだろう。糖尿病のある方は糖尿病になるだろう。

それと年齢です。若ければ単に太っているだけ、単に自律神経失調症だけですが、年を取って来ると病気になる。こういうふうに病気というものを理解して行く。これが
心身医学的に理解するということです。

心身症とか心療内科とかいう言葉を最近使われますが、それは今言ったように心と体は一体であるということ、これを心身相関といいますが、そのように理解して行くということです。

だから、「成人病はやはりライフスタイル病です」。そして、「原因になっているのはストレスだから、ストレス病です」という理解がまずできると思います。

日常生活を見ますといろいろなストレスがあります。特に、心の問題で苦しんでられる方が多いですね。まず第一番目は
人間関係です。

特にこれは、ジェネレーションギャップと言うのですか、世代の断絶からくるストレスが非常に多いように思います。会社で言うと上司と部下、家で言いますと親と子、あるいは嫁と姑。

この原因は、日本がわずか50年で第二次世界大戦の後から世界で最も豊かな国になったことによるものでしょう。生活環境が全く違いますので、価値観が全く違います。そこからくる人間関係の問題が非常に多く、それがストレスになっている。

第二番目は、
「自分を生きれない、もっともっと自分を発揮したい、もっともっと自分らしく生きたい。でも、それができない」。こういうストレスを感じている方も多いですね。これはやはり、豊かになってくればくるほどでてくるストレスだと思います。

つまり、貧しい時代のときは食べられたらそれでハッピーです。一生懸命すると拍手がくる。家のため、会社のため、国のため頑張ると拍手がもらえた。

だから、どういうふうに生きたらいいかという生き方がはっきりしていた。それをすれば、食べられる、拍手も来る、充実感も得られる。しかし、豊かになりますと、食べられるのは当たり前です。

だから、衣食住のために頑張るというのはよく分からないですね。「何のためにこんな嫌な勉強をするのか、何のための仕事なのか、何のために退屈な会議ばかりしないといけないのか」。

今までの貧しい時代でやってきたことをやっても、充実感を得られない。意味が分からない。アイデンティティも感じられない。

しかも、みんなと一緒にしないといけない。特に日本はそういう国ですね。まだまだみんなと一緒、そういうのが根強く残っていますから、自分を生きようとすると周りから抑えられます。


まだ自分を生きるということをサポートする文化も社会もなのです。それは心の時代の生き方だと思うのですが、その心の時代がまだ来ていないのです。

特に若い人の場合ですと、自分を生きれないという閉塞感ですか、そういうものを非常に感じて苦痛に思っている方が少なくないと思います。これが二つ目のストレスでしょうか。

三番目は、
人間の運命から来るストレス。つまりどんな人でも年を取って病気にもなるだろうし、死なないといけない。自分だけではなく家族も友人もこの運命のうえにあります。

これは、当事者になってみれば非常に強いストレスです。一番強いストレスかも知れません。そういうストレスがあるものですから、簡単に「ストレスを発散しましょう」とか、簡単に「気分転換しましょう」と言ってみても、日常生活に戻りますとだめなんですね。

だから、ファースティングがいかに素晴らしくても元に戻るのです。もっとも、ファースティングの素晴らしさは体験していただかないと分からないのですが、身体は本当によくなります。心もリフレッシュされてうきうきとし、自分を感じられる。

しかし、帰りますと元に戻る、「当たり前なんだな、なるほどな」と納得しました。そういうことで、日常生活をどういうふうに解決するかという方法につながらないと本当にいい方法にならないということをつくづく感じさせられたのです。

三浦:日常生活ですけど、何かいい方法があるんでしょうか。

笹田:はい。これは先程言いましたように、一つは時代の問題です。
物の時代はやはり限界に達しています。しかし、心の時代というのは言葉としてはあるのですが、中身がないのです。

それと、確実に心の時代が来るのであればまだいいのです。生みの苦しみです。ところが、それが確実にくるという保証はないですね。

特に最近のように経済的に不況が長引いてきますと、「物が豊かになって、またそのまま物が貧しい時代に戻るかもしれない」と心配になります。これが、不安を大きくしています。非常にストレスの種となってきています。

だから、結論的にいいますと、心の時代を早くつくることが、心の解決になり、しいては、肥満であれ成人病であれ身体の病気の解決になる。そういう時代のように思います。

では、どういうふうにすればいいのかということなんですが、まず事実から出発することだと思います。貧しい時代のシステム、貧しい時代を維持するための価値観が役に立たなくなたということです。

いいポジションというのも貧しい時代にとっては非常に意味があったのです。ところが、豊かな時代になりますと、責任だけが重くて休暇も取れないということになりますので意味を失ってしまいます。

お父さんお母さんは頑張っていますが、若い世代からは、好きでしている。あるいは、ダサイとかそういう一言でかたずけられてしまって、がっくりすることもあると思うのですが、これは貧しい時代、物の時代の価値観が通用しなくなったということです


ここで大変大事なことは、「物が豊かになることが悪い」と錯覚する人があるのですが、そうではないということです。物が豊かになるということは、やはり素晴らしいことです。昔でしたら、伝染病があり飢饉があり戦争がありました。

本当に衣食住でもう精一杯だったのです。だから、物が豊かになるというのは、そこから解放されるわけですから、それは非常に素晴らしいことです。「自分を生きる」ということが可能になる時代が歴史上初めてきているのです。

何が悪かったかと言いますと、「人間も物だ」と考えてしまった、ここが原因のように思います。ルネッサンス以降いろいろな文化が花咲いた。そのなかで、サイエンスが一番説得力ありました。月へも行けますし、車も走りますし快適になりました。

だから、サイエンスがやっぱり一番すばらしい、そのなかでも医学がすばらしかったですね。本当に伝染病とか外科の手術もできるようになって、最近では分子生物学も着々と進んできた。

こういうのを見てきますと、「人間も物だ」と思うのも不思議ではないですね。

でもここで原点に戻って考えないといけません。
「サイエンスの方法とは何だったんだろう」と、「何を対象にできたんだろう」と考えますと、これは物しか対象にできないのです。物というのは長さと重さと速さが測れるもの、これが物です。

ですから、私の身長は何センチで体重は何キログラムです。走る速さはこのくらいです。これは、測れるのです。でも、心は測れません。

「私の喜びは500グラムあるので、100グラムあなたに分けてあげましょう」とか、「私の悲しみは非常に大きくて20メートルもあって、部屋の中に入り ません」とか、「私の怒りはとても速くて時速200キロでもう行ってしまいました」とか、心とか精神とかは測れないのです。

だから、測れるものと測れないものがあるのです。私たちはほとんど心で生きていますが、これは科学の対象にはなりません。

物が豊かになることはいいのです。それは悪いことではないのです。人間も肉体的には物として扱っていいのですが、心や精神は物ではないのです。これを、まずきちんと理解することが大事です。そうして初めて心を正当に評価できる時代がくるのです。

人間を物として見たら、小錦さんだってせいぜい300kgです。300kgの物ってたいしたことないですね。物として見て行く限り、人間の素晴らしいを評価できないのです。そういうことから、やはり心は心として理解しましょう。

「いやそんなことない、人間も物として発生した」という方がおられます。「アミノ酸がくっついて細胞ができて、生命ができて、精神や心ができたんだ」という方です。

唯物論という考え方ですが、でも、物が集まって心や精神ができたということは証明ができないのです。

今言いましたように、細胞は物としては測れますが心は測れませんので、証明する方法がありません。そういうことの理解がいると思います。

そうすると、年を老いることの意味が違ってまいります。今までのような物の考えでいきますと、年を取るというのは、物体としてすり減っていく過程です。

だんだんすり減っていく。死ぬということは、解体してしまうわけです。無価値になる。だから、だんだんすり減っていって最後は本当に無価値になる。こういうことが、今の時代の老いる意味になってしまうのです。

そうすると、どんなに福祉があっても与えられる福祉、こちらもしてあげる福祉になってしまって、その人の素晴らしい生き方をサポートできない。

だから、今の時代に年を取ることは不幸です。しかもそれが事実であれば仕方ないけれど、物の考えに縛られているだけですから、事実でないのですから悲しいです。

こういうところから自由になると、大変生き生きとしてまいります。すると、ストレスがかかりにくいですね。

ストレスの解決方法というと、強くなることだと思って、滝に打たれるとか死の特訓に参加するとかを考えますが、よくよく考えてみると、生きている充実感があるときは、何があっても笑って許せますでしょう。ストレスになってないのです。

生きている充実感が下がってくると、あらゆることがストレスです。だから、ストレスの解決方法は生きている充実感を高めることです。

今のように物の考えに捕まっていますと、だんだん年を取ってきますと、充実感が減ります。しかし、そこから解放されると、大変充実感が上がってくる、ストレスからも自由になれると思います。

それから、もう一つありますのは、
「自分で生きているのか生かされているのか」、これを医学的に考えて欲しいのです。ほとんどの方は自分で生きていると思っておられますので、それが当然だと思われますが、医学的に考えるとそうではないです。

人間の身体は、約75兆個の細胞でできております。1億や2億でないものですから、とてつもない数の細胞でできています。これがバラバラになっていますととても生きて行けません。

だから、いろいろなシステムがあるわけです。そのうえに本能が乗っているのが動物、そのうえに精神や心が乗っているのが人間なので、心と自律神経、ホルモン、疫系が一体となって動いている。

それがさっき申し上げた心身医学的な人間の姿ですが、
そういう75兆個の細胞も最初はたった1個の細胞からスタートするのです。つまり、精子と卵子がくっついた受精卵からどんどんどんどん増えてまいります。自分で心臓を作って、肺を作って、腎臓作って、骨も作って、頭も作って、オギャーと生まれた人なんて誰もいないのです。

もっと単純に言えば、心臓は一日に10万回動いています。今もこうやって動いておりますが、一回といえども自分で動かした方はいないのです。
歴史上で偉大な人ってたくさんおられるますが、自分の心臓まで動かして生きたような偉い人はいないのです。

それから、酸素が要ります。酸素を自分ではつくってないません。これは、緑の植物が二酸化炭素と水と太陽のエネルギーで酸素をだしている。それでその酸素を吸っております。それから、その過程の中で炭水化物を作る。それを動物がいろいろ食べて、最後は人間が食べるのです。

こうやって見ますと、生かされて生きているのはあまりにも当たり前です。自分で生きていると本当に大変です。心臓は動かさないといけないし、酸素は作らないといけない。おいしそうなケーキだと見とれていると死んでしまいます。

生かされていると言うと何か非常に窮屈なように思われますが、逆なんですね。生かされているから自由なのです。
これは、宗教とか道徳とか哲学の話ではないのです。単なる医学的な事実なのです。

生かされてるという話をすると、感謝しないといけないとかそういうふうに思われるのですが、そんな必要は全くないのです。これは、単なる事実です。感謝し たかったらしたらいいのですが、しなければならないという道徳の話ではないのです。私が感謝しなかったら、太陽は昇らないというようなそういうみみっちい 世界ではないのです。

非常に大きな世界の中で生かされて生きています。
これが、人間の原点のように思います。生きていく原点だと思います。ところが、私たちは普通は社会の中に原点を置いております。どういうような仕事ができて、どのように評価されるか、だから自分は偉いんだとか、うまくいかなかったから偉くないんだと。

三浦:評判がいいとかですね。

笹田:
それで人生が終わってしまう、これは悲しいです。例えば、評価というのは残酷です。前進拡大していないといい評価というのはついて来ないです。同じことをしてると「なんだ」と言われます。しかも一回失敗したらペケです。だから、社会の中で評価を求めて生きていると非常に疲れます。

生かされているという事実の世界から見ますと、動植物は本能でもって生命の世界と調和しています。ですから、勉強しなくても衣食住は得られます。本能というと、人間の本能を考えるから低級のように思うのですが、動植物の本能は素晴らしいものです。

人間は本能から自由になった分だけ、それだけでは生きていけないので、社会というものを営みます。衣食住を得るために社会を営んでおります。

そういう立場から見ますと、社会はみんなが協力していい社会を作っていくべきなのです。社会から評価をもらう必要はないのです。大きな生命のなかで生かさ れているわけですから、すでに評価はもらっているわけです。だから、みんなで協力していい社会をつくっていけばいいのです。

でも、人間の社会だけしか知らないと、評価をもらわなければなりません。実績も上げないといけません。そうすると戦いがあったり、順位づけがあったりして、おかしなことがやはりいろいろ起こって来ます。このへんでもう一回原点に戻ろう。

そうしますと、社会に対してできる範囲で貢献していこうという気持ちが持てるのではないでしょうか。そうすると気持ちが楽になってくる。充実感が戻って来ます。

特に今若い世代で、どう生きていいか分からない方が多いです。これは、先程も言いましたように、貧しい時代から一挙に豊かな時代になったことに原因があります。

貧しい時代には親のモデルというのがあったのです。頑張る人が親のモデルだったのんですが、一挙に豊かな時代になったものですから、豊かな時代の親のモデルを準備できなかったのんです。

だから、若い世代は、どういうふうに生きていいか分からない。どういう大人になっていいのか分からない。社会にでてきたとき、どういうふうに生きていっていいのか分からないので、不安になったり不満になったりで傷つけられ、社会適応がしにくい方が非常に多いと思います。

しかし、社会をさきほどのように考えますと、「衣食住がきちんと得られるいい社会をつくって行こう」です。「一人一人が自由で、平等で、思いやる社会を目指して行こう」ではないかということです。

今までの社会は貧しかったですから、頑張ってもらうために、社長もいれば、課長も部長も平もという順位づけが要ります。それで違反した人には、厳しい掟で縛っていかないといけませんが、それはもう貧しい時代のシステムです。

豊かになりましたら、いい社会をつくって行こうと考えれば、戸惑わなくてもいいのです。古い物も残っていますが、古い物なんだなと理解して行けば、若い方も生きていけるのではないかと思います。

それと、あとひとつお話ししたいのは、
「本当の自分というのは何なんだろう」ということです。心の時代は、一人一人が「本当の自分」を生きる時代、「自分の山」を登って行く時代と考えていいと思うのです。

今までの物の時代というのは社会適応の時代ですが、心の時代はやはり「本当の自分」を生きて行こうです。そうすると、「本当の自分」について理解しておかないといけないと思うのです。

ここでもよく間違えておりますのは、記憶の自分を「本当の自分」だと理解している方が多いと思うのです。「あなたって誰ですか。」と言われますと、「私は大阪で生まれました。何年に生まれました。

どこの小学校へ行きました。どういうことが得意でした。どういうことができませんでした。」ずっといろいろなできごとがあって覚えてますね。それが自分だと思っておられると思うのです。

しかし、それは記憶です。いろいろな経験をした結果です。
経験した結果の記憶を自分だと思っていると、だんだん年を取ってきて、記憶の量が大きくなると、新しく生きれません。過去の繰り返しを生きていることになります。

このように記憶に制約された私は、「こうあらねばならない」とか、「今までこうだったからこうだ」とか、「こんなことはできません」ということになり、新しい自分を生きることができなくなるのです。

あくまでも自分というのは、いろいろ経験して行く「今の自分」ですから、過去の記憶の自分ではないです。この点も十分理解していただく必要があると思います。

「人間は生かされて生きている。これは、医学的事実ではないでしょうか」ということ。それから、「人間は物ではないです。物が豊かになることはいいんですが、人間まで物として見てしまうと、心を喪失します」。

それから、「過去の自分は記憶であって、本当の自分は今生きている自分です」。こういうようなことを、まず理解をしていただくことが大事だと思います。


それでこの後は方法の問題に入ってまいります。結局は、「充実感を上げましょう、生きている感動や歓びを高めましょう」ということなのです。この充実感というのは、最終的には体験です。「本当の自分」というのも体験です。

体験しないで知性で考えても分かりません。体験が要ります。体験をどのようにして行くかということですが、これは、
身体を活性化して行くということが一つと、それから頭をカラッポにするのがもう一つです。

そうすれば、先程から申し上げています心身相関、心と身体の関係が非常にうまく行きますので、生命力や充実感が戻ってまいります。だから、医学的に見ますと、今のような条件を満たす方法が欲しいのです。その一番強力なのが、絶食療法、ファースティングです。

三浦:はぁはぁなる程。

笹田:ファースティングしますと、自分の身体をどんどん食べて行きます。だから、自律神経系、内分泌ホルモン系が史上最強のレベルと言っていいと思いますが、活性化してまいります。

それから、頭の方がカラッポになります。最初はやはり、「あれが食べたい、これが食べたい」と思うのです。おなかは減らないのですが、「あれが食べたい、 これが食べたい」と。そうすると、日常的な雑念が少なくなり食べ物だけになってしまう。頭が食べ物で一杯になる。そのうち食べ物のことも忘れてしまうので す。ほんとうにカラッポになる。

そうすると、
爽やかさとか充実感とかうきうきとした感じを体験できます。

数千年来伝わって来た断食は、特に宗教の修業としてやられてきた方法ですから、生きている実感を感じるのが目的だったんでしょう。

ファースティングをしますと、本当にそういううきうきしたものを感じることができます。こういうふうに理解していただいて初めて、絶食療法の本当の意味が分かっていただけると思うのです。

三浦:それは医学的なデータにもきちんと出てくるわけですね。

笹田:そうです。血液検査をして見ますと、高い値であった血糖であれ中性脂肪であれ、本当にドラマチックに正常化します。血圧もさがります。人間の生命力って本当にすばらしいものだなと感動します。

それともう一つ、心の方で充実感テストをやっていただきます。質問表に答えていただき、爽やか指数いくら、不快指数いくらというのをだすんですが、来たと きは本当に暗くて生きる力がないような方が、帰られるときは非常に生き生きとして帰られます。心の方もそういう客観的にテストで見てますと、非常にうまく いきます。やはり心ってすばらしいなと。

ただ先程申しましたように、帰られてから戻るんです。もう一つ、帰ってからも今言いましたように身体を活性化して、頭をカラッポにするような方法が欲しいのです。

三浦:理屈ではよく理解した。体験もしてみた。いいことはよく分かった。しかし難しなとという部分ですね。

笹田:そうですね。そこで、
丹田呼吸法というものをマスターして帰ってもらいます。丹田呼吸法のメカニズムと言いますと、生命を維持するシステムには血圧だとか、心臓だとか、胃とか腸とかホルモンとかあるんですが、この中で自分でコントロールできるというのは、呼吸だけです。

三浦:自分でできる。ああそうですね。

笹田:心臓を動かしたり止めたりできません。呼吸ならなんとかできます。

三浦:深呼吸とか腹式呼吸とかいろいろありますものね。これはできますね。

笹田:呼吸を丹田でする。丹田と言いますのは、腹筋です。結局、丹田呼吸法というのは腹筋呼吸法だと考えていただいたらいいんです。腹筋を硬くしながら、1、2、3と息を吐いていただきます。吸うときはすうーっといっぱい吐いて、また1、2、3とはいていただきます。

自律神経で呼吸はコントロールされていますので、大きな息をしますと、自律神経を通して、身体の代謝が調和します。さらに吐く息を1、2、3と数えていきますので、今度は頭を数字だけにして、カラッポにします。

結局、座禅の呼吸法ですが、心身医学的に見ますと、今のようなメカニズムでファースティングと絶食療法と同じメカニズムです。これを非常に勧めております。
 
ここで、頭をカラッポというのを何度も使っておりますが、これは西洋人には少し理解しにくい言葉です。と言いますのは、西洋というのは自我の完成を良いことだとす

る文化ですから、カラッポにしなさいと言うことは自我を捨てなさいということですから、下手するとパニックになります。

私たちにはカラッポというのは、非常にすっと入ります。東洋の無の文化を生きているからです。貴乃花でも若乃花でも「どうでしたか。」「無我夢中でやりま した。」とか、野球でも「無我夢中で打ちました。」だから、無我夢中でやったときに最高の力が出るというのを知っている。これはやはり文化ですね。

三浦:そうですね。ああ。

笹田:だから、
西洋の心身医学は、心のストレスの解消法をどうするかというとイメージ療法を使います。「楽しいときをイメージしましょう」とか「美しい自然をイメージしましょう」とか。あるいは「うまくテニスが打てたところをイメージしましょう」となると、こは運動のイメージトレーニングです。

ところが、イメージでいきますと、イメージを手放せなくなるのです。いつもイメージを持っていなくてはいけない。さらにイメージの方が当然自分より上ですね。

三浦:そうですね。

笹田:だから、精神の自由を失ってしまうのです。ここに、西洋の心身医学の限界点があるように思っています。心身相関から見れば、頭をカラッポする方がはるかに弊害がないのです。

そうすると、東洋の無の文化が、そこで西洋の心身医学と融合することになります。

特に、断食だとか座禅だとか、頭をカラッポにして身体を活性化さすいろいろな方法が東洋にはあるわけですから、「西洋の心身医学と東洋の無の文化の融合」が21世紀の心身医学になるのではないかと思っています。

これが今までお話ししてきた私の
「生かされてる医学」の中身です。

丹田呼吸法というものは、そういう意味で非常にいい方法だと思います。これは24時間できます。24時間というのは少しオーバーですが、今こういうふうに座っているときもできます。歩いているときもできます。ちょっとバスに乗っているときもできます。

テレビを見ているときもできますし、夜寝る時もできます。人と話をしているときは数は数えられませんが、そのときでも丹田に重心を置いて呼吸をする。一人のときは一生懸命数を数えていただく。

これで、タバコが欲しくなったらタバコではなくて、丹田に手を当てて1、2、3。お酒が欲しくなったらその手を丹田に当てて1、2、3。ケーキが欲しくなったら1、2、3。頭が痛くても肩が凝っても胃の調子が悪くても便秘のときも。

特に寝れないときはいいですね。頭の中で、仰向けでもうつ伏せでもいいです、1、2、3。1、2、3。そうすると、身体が暖かくなってきます。暖かくなってくると、これは効いている証拠なのです。非常に暖かくなってくる。なんとなく充実感を感じます。

これなら元気なときも若いときも、年を取っても、どんな方でもできます。今ラジオを聞いていただいている方もできますし、慣れてきますと非常に効果がいいです。非常にいい方法ですね。生涯かけて丹田呼吸をしてください。是非これはお勧めしたいですね。

ということで、いろいろな知識を理解していただいて、
「なるほど充実感を高めるのだ」、「生きている感動と歓びを高めるのだ」、「その方法としてファースティングがありますが、丹田呼吸法というもっとみんなができる方法がありますよ」というところまで、新しい医学をつくってきたということです。

三浦:やはり教祖様みたいなものがあって、「その通りやりなさい」と言われてつくっていくものではないですね。自分がやらないといけないのですね、こういうことは。

笹田:ええ。心の時代というのは、お一人お一人が主役です。お一人お一人の心が主役です。誰かの心だったらみんな染まりますから、それでは困るのです。
心の時代は、お一人お一人が主役、お一人お一人が自分を生きる、「本当の自分」を生きる、「自分の山」を登って行く、そういう時代だと思うのです。

今まで申してきたのは、結局は「本当の自分」を生きる方法だと思います。「本当の自分」を生きると言いますと、どうしても頭で考えるのですね。「ああだ、こうだ」と。しかし、それは知性です。知性は自分の一部です。

「本当の自分」は、やはり感じ取るものです。生きているなという実感の世界です。

頭で理解をするのと、呼吸法とか、そういう感じ取る体得の方法が一緒にならないといけません。

三浦:ええ。それを体得するための呼吸法は一つのトレーニングになると。

笹田:そうです。
ただ、大事なことは、トレーニングだけだと強くなろうとするのです。強くなって自分が神になろうとなります。だからやはり、「大きな生命の世界の中で生かされてる」、この言葉を理解して初めてトレーニングのほんとうの効果がでてきます。

三浦:なる程。

笹田:
一方言葉だけだったら、これはまた偶像崇拝になってしまうのです。実感がなくなり頭の理解だけになる。やはり、理解するのと自分を感じ取る、この両方が心の時代の方法として必要なのではないでしょうか。

三浦:はい。どうもありがとうございました。
  





店舗写真

information情報

公的断食施設
五色県民健康村健康道場

〒656-1331
兵庫県洲本市五色町都志大日707
TEL.0799-33-0535
FAX.0799-33-0013
Eメール dojo@fyu.jp