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公的断食施設 五色県民健康村健康道場

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私の健康医学への動機

 私は、普通の医者としての道を歩んでいました。大学院では、高血圧研究班に属し、博士号も、高血圧の研究でいただきま した。その後も、高血圧の専門家として、臨床や研究を続けました。ドイツでの留学では、分子生物学の見地から、高血圧の研究を進め、成果も得られるように なりました。

 なのに、なぜ、それらを捨てて、健康道場へ来たのか、そこには、私にとって、やむにやまれぬ思いがありました。

 1997年に、NHK出版が出版してくれました、「淡路島健康道場の試みー絶食療法」に、その思いを書きましたので、お読みいただきたいと思います。それは、私一人の思いではなく、現代人の誰もが持っている思いだと信じるからです。


淡路島健康道場の試みー絶食療法ー

はじめに

 「何にもないのに、私は素晴らしい」という発見、これがこの本の中で私がお話ししたいことのすべてです。

 平成7年9月、NHKラジオの「こころの時代」という番組に出演しました。「もの満ちて、こころ空し」という題で、私が15年にわたって淡路島の健康道 場で続けてきた新しい健康医学の試みについてお話ししました。番組終了時から電話が鳴りだし、4、5日の間鳴り続けました。こんなにも新しい健康医学を求 めておられる方が多いのかという驚きとともに、私も大いに自信を得させていただきました。

 今日の医療は素晴らしいレベルです。特に、交通事故や心筋梗塞などの救命や急性疾患に対する治療技術は驚異的で、その恩恵は計り知れないものです。ま た、ワクチンなどの開発により予防医学の面でも、大きな成果を上げてきました。今後も、分子生物学などの応用によりますます発展することでしょう。

 しかし、病気はなくなりません。医療費も年々増加し続けています。がん、心筋梗塞、脳卒中のかなりの部分は予防できるはずなのに、成功しません。身体面 だけではなく、精神面での半病人、病気の予備軍も加えれば、どれぐらいの数になるでしょうか? 人間ドックも普及してきましたが、病気の早期発見にはなっ ても、健康にはなれません。 

 残念ながら現代医学は、予防医学、さらに、健康医学としては、まだまだ完全な学問とは言えません。一方、私たち一人一人のなかには、あふれる充実感と強 力な生命力が宿っています。幸せと健康に生きられる能力が十分にあります。ただ、この能力を十分に引き出し強化する医学がないだけです。

 そんな思いを抱いていた15年前、ハイデルベルグにあったヨーロッパ分子生物学研究所に留学していたときのことです。兵庫県が絶食療法を専門にする健康 施設を淡路島の五色町と協力してつくろうとしているので来てほしいと要望されました。一方は今華やかな世界、もう一方は変な医者といわれかねない道、その 選択には大いに迷いましたが、長年の思いのほうが強く、変な医者への道を決断しました。

 教授からは「それは大学ではできないよ」と、暗にもう大学へは帰れないよと言われ、「なにを好んでそんな民間療法みたいなことを」とか「笹田一人の健康 医学だね」と言う先輩もいました。しかし、やがて教授はじめ先輩、同僚も一様に「君らしい選択だ」と納得してくれ、その後は暖かい支援をしてくれました。 この支援と私の試みを常に支持してくれた兵庫県の理解がなければ、今日までやってこれなかっただろうと感謝しています。

 それ以来、私は完全に医学管理されたファースティング(絶食療法)を完成するととも、過去15年間で1万3千人に指導をしてきました。これは勿論ギネス ブックに載る記録でしょうが、指導した数が多いことだけでは自慢になりません。ファースティング(絶食療法)が、どんなに素晴らしくてもすべての人が ファースティング(絶食療法)を経験できるわけではありません。

 私の試みの中心は、ファースティング(絶食療法)の指導の中から、日常生活で誰でもが心身の健康を得られる「21世紀の健康医学」をつくりあげることでした。それを確立できたことが、ファースティング(絶食療法)の完成よりも遙かに大きな成果だと思います。

 そして、平成7年1月17日、阪神大震災が起こりました。その惨状を前にして、心の復興のボランティア活動を始めました。その時から、私はこの新しい健 康医学を「生かされてる医学」と呼ぶようになりました。その理由は、この本をお読みいただければお分かりいただけると思いますが、新しい健康医学の試みを 始めて10数年、「生かされてる医学」という名称にたどり着いたとき、本当に完成できたとの思いを強くしました。

 振り返ってみれば、思い出すことがあります。大学院を卒業して、阪急電鉄の六甲駅の少し上手に在った六甲病院へ内科医として勤めていたときのことです。 ある末期癌の患者さんの主治医となりました。当時は病名をお知らせすることは全くなかった時代です。むしろ、お知らせしないことが、患者さんのためになる と考えられていたときです。

 私もそれらしき病名をつけて説明しておりました。治療といってもたいしたことはできません。医者としては無力感に満たされますし、本当のことを言わないので心苦しさも感じて、せいぜい言葉で慰めようとしておりました。

 「この暑さももう少しですよ。秋になったらきっと気分もよくなり、食欲も出て来ますよ」。「この病院の中庭の桜は非常にきれいです。そのころにはきっとよくなって退院できますよ。がんばりましょうね」。

 しかし、いつまでたっても治らない胃潰瘍や悪くなるばかりの肺炎はおかしいです。病名は言わなくても、徐々に理解されるものです。

 ある日、その患者さんは「先生は将来があっていいですね。これから結婚もされるでしょうし、研究もどんどんされて将来は有望でいいですね」、決して皮肉 ではなく、まじめに言われているのは、その患者さんの日頃を知っているので分かります。本当にそのように思われていたのでしょう。

 しかし、言われた私は「はっと」しました。安易な慰めなど、この方には何の役にも立たなかったのです。絶海の孤島に一人でいる人の孤独や不安を、大陸で 多くの人達と明日への夢を抱いて生きている人間が理解できるはずはなく、この方のもっている言葉と、私の使っている言葉は同じようでも、全く異なる言葉 だったのです。明るくて広く大きな将来がある人間の住む世界と、もう明日がない死を待つだけの人の住む世界は全く違うのです。

 私は、言葉を失いました。まさに絶句いたしました。安易な言葉で乗り切ろうとしていた自分が恥ずかしいというか、申し訳ないというか、でもそれ以外にどんな言葉があるのでしょうか。うろたえて、何かごそごそと口ごもって病室を出た思い出があります。

 死のベッドの上では、患者さんはさまざまな思いをされます。「行け行けドンドンで走ってきて、仕事にも大いに成功した。しかし、もう死ななければならな いのか。これでは走っただけの人生だ」、あるいは「世間に気ばかり使って生きてきた。これでは他人の人生を生きただけだ。こんなことなら、もっと自分を生 きたかった」、さらには「特に不幸もなく生きてきたが、なんとなく生きてきただけのように思う。このまま何となく死んでいくのだろうか」と。

 病気に対しても、もう治療法がありません。それだけでも、主治医として私はこたえていました。今の医学ではこれ以上はできないのですが、申し訳ないという気持ちになります。その上、人生の悔いを残されるのを見るのは辛いものです。

 身体の健康医学は勿論必要です。しかし、人生も元気なうちに振り返っていただきたい。そのような心と身体の両面からの医学をしたい思いました。内科医として患者さんを見ているときも、研究室で実験をしていても、私の心は何者かにかき立てられていました。

 振り返ってみれば、その思いが私をここまで引っ張って来、「生かされてる医学」へと凝縮させたエネルギーだったと思います。ずいぶん日が経ってしまいましたが、「生かされてる医学」はその患者さんへの私の返答でもあります。






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